「人間誰だって一度くらい死にたいと思ったことがあると思う」

という言葉を聞いて、「私ないわー」と言ったら姉に引かれたという。

死にたくないならあるけど…。

あまりにも気持ちが分からなさ過ぎて無神経になっていて、
自殺に対しても(自分が死にたいと思えた時に死ねるなんて、ある意味幸せなのでは)と思うほどだった。それくらい、自分の中で死への恐怖はあれどそれに勝る現実世界の憂鬱なんて、経験した事がなかったし、鬱になった事もない。
「死にたい」という言葉が、死への前向きな気持ちに聞こえる。
それくらい、想像が出来なかった。
そんな日、来るのかな!?みたいな。
みんなに、いずれ訪れる気持ち、的な…。

全くそんな話しではないと思うんだけれども。

おそらく私は「死への恐怖心」が人一倍強いタイプで、
昔からスイッチがスコンと入ると、底のない暗い穴に放り出されてしまうような途轍もない恐怖が襲ってきて、考えるのをやめてしまう。
でも今ここで考えるのをやめても、いずれ死ぬ。そのことを考えると、また途轍もない恐怖が…
そのループを、ご飯のことを考えたりすることで、無理やり押し込めてしまう。

10歳の時に、一年間夢遊病を経験していて、夜中急に起き上がり泣き出して「どうしようどうしよう」というのだと言う。
学校でもうまく発言出来るタイプではなかったしそのストレスはあったと思うけど、当時から自分の中でひとつ思い当たったのが死への恐怖心だった。
死ぬことを考える時、まさにこの「どうしようどうしよう」という気分になるからだ。
誰にも言ってないけれど。

自分の中で「理想の死に方」がある。
私は病気か何かで、病院にいて目を覚ます。
目を覚ますと、すぐ近くに家族がいる。「あー私もう死んだかと思った」と声を出して、何言ってんのーなんて叩かれながら何か欲しい?と聞かれてジュース、と答える。
買いに行ってる家族を待つ間、もうすぐジュースが飲めるという気持ちで、もう一回寝ようと目をつぶって、そのまま死ぬ。
こういう、少し先に楽しみを持っている状態で向かえる穏やかさがいい。
まぁまず無理だろうけど。

日本でも安楽死、認められたらいいのにな。
そうしたら、一つだけお願いしたいことがある。
布団の中に毛布を入れて、ホットカーペットもつけてめちゃくちゃにあったかくして欲しい。
私は今でも、あったかいとすぐに寝てしまうから。
めちゃくちゃにあったかくて、あーあったかい!気持ちいい!と思いながら死にたい。
ひんやりした布団は、いやだなぁ。