死んだらきっと、平面になる。奥行きが消えて、子どもの落書きみたいになる。最後に手にしていた物が一番前にあって生きてきたすべての財産、なんて顔しない。孤独に死んでも、貧乏で死んでも、寒くて死んでも、死んだらきっと、平面になる。


2012年2月27日に、その日の思いつきでぱっとツイッターに書いた文章だったけれど、読めば読むほどなんてその通りなんだろうと、自分の言葉に心打たれている幸せ者である。

これは確か東日本大震災のこともあって思った言葉で、まさにこの通りだなと、再び読むたび今日も感じている。

特に10代から20代にかけてその気持ちが強かったと思うんだけれど、人生で最新の今の自分が失敗作だと許せないという。
でも本当はそうじゃない。
人生は、実は奥行きのない真っ白の画用紙であって、私が一番前だと思っている私の姿は、紙の中の一部に過ぎない。
しかも、それがどこに書いてあるかはまだ分からない。

混色に失敗しようと、これから描く大輪の影に隠れてしまえば分からない。
上から塗りつぶして新しいものにしてしまうかも知れない。
今の自分の姿が、自分の完成形ではないのだということが、この短い文章によく書けていたから。

孤独死したら、金持ちが貧乏になったら、よく知らない人に可哀想って言われるかも知れないけど、人生は平面なのだから、とにかく諦めず根気よく描き続けていることが大事。
とにかく、端から端まで、色でいっぱいにすることが大事。