人生はこんな風に出来ている。というものが自分の中に無意識にあって、それは全ての物事が起こるべくして起こって、例えそれがどんなに辛い内容でも、その後にはきっと(ああこれはこの出来事のためにあったんだ)と、そう確信出来るような現実が待ち受けていると思っていた。
でも最近、それこそが実は高望みなんじゃないか、夢見ているのと同じなんじゃないかと思って、まるで高いところを歩いているように足元がふわっと浮いたような気持ちになった。

報われるとかそういうのは考え出すとキツイから考えない。
例えば姉の友達にとても可愛くて大人しくて良い人がいる。結婚願望があって子供が欲しくて、控えめな性格がありながらも行動的に動いていたのに、結局その人はもう子供を授かれない年齢になってしまった。
子供が欲しい人にとって、子供がいる人生とそうでない人生はあまりに違いすぎる。もちろん今後良い人と巡り合って幸せになれるとか、そういうことは充分考えられるけれど、その人が子供を持つことが出来なかったという事実は、何だか私にとてつもない現実を見せた。家庭環境も我が家と少し似たようなところがあり、親に苦労をしている人だ。こういう現実は、私の頭をガーンと打ち付ける。

人生が、欠けているパズルのピースを埋めていくように、全てが完成してようやく死んでいくような、それが物質的に満たされているとか関係なく、取り敢えずピースは全て埋まるはずだという事自体が、幻想かも知れないということ。
まるで完成せず、途中かけのまま終わってしまうことだってある。私はそういう現実を、見れていなかったのかも知れない。ある時突然糸が切れてしまった人たちの「明日」について考えられていた自分は、まだ理想を追いかけていた元気な私だった。